生物資源センター研究室では(i) 寄生虫学、感染症や免疫学に関する研究や、(ii) マウスを用いた生殖生物学の研究、(iii) ゲノム編集技術の推進を行っています。また、(iv) ヒトの生殖補助医療への貢献を最終目的として、マウス初期胚操作技術(例:体外受精、受精卵凍結、精子凍結等)の向上を試みています。本技術は、貴重なマウス系統の保存や適切な動物飼育環境維持にも貢献します。
教育面でも、学部生および大学院生への実験動物学と動物実験倫理の教育を担当しています。
研究概要(ii):マウス卵形成機構におけるエピジェネティクス (担当:佐々木)
〜『卵子ってどうやってできるの?』〜 非常にシンプルな疑問ですが、その詳しい仕組みはわからないことだらけです。卵子の起源となる始原生殖細胞がはじめて出現するのは胎仔期で、そこから非常に長い時間をかけて卵巣の中で受精可能な卵子が形成されます。その過程では卵母細胞系列への分化・卵サイズの成長・減数分裂・母性エピゲノムの獲得といった多様な現象が連続的に起こっています。これらの現象がどれかひとつでも欠けてしまうと、個体発生を支持できる完全な卵になることはできません。この複雑な卵形成のメカニズムを理解し、上記の疑問に答えるべく研究を進めています。
私たちはエピジェネティクスを切り口として卵形成機構を理解しようとしています。ひと口にエピジェネティクスと言っても、卵子の中では様々なエピジェネティック機構が働いています。例えば、ゲノムDNAにメチル基を付与するDNAメチル化やヒストンテールの化学修飾がその代表的なものです。
DNAメチル化については、DNAメチル基転移酵素遺伝子群を異所的に発現するトランスジェニックマウスを用いた研究を進めてきました(Sasaki et al., Mol Reprod Dev 2019)。この研究によって、DNAメチル基転移酵素の存在のみでは完全なDNAメチル化、すなわち、完全な母性エピゲノムの獲得には至らないこと、さらに、卵は体細胞系譜とは異なる独特なクロマチン構造をとっていることがわかってきました。この卵特有なクロマチン構造の詳細は近年の次世代シークエンス解析によって急速に解明されてきています。現在は卵母細胞でどのようにしてユニークなクロマチン構造が形作られるのかに着目して研究を進めています。
この疑問に答えるため、体内 (in vivo)と体外 (in vitro)の双方からアプローチを進めています。In vivoからのアプローチとしては、CRISPR-Casを基盤としたゲノム編集技術を用いた遺伝子ノックアウトマウスや遺伝子ノックインマウスを用いた手法を用いています(Sasaki et al., J Reprod Dev 2021)。また、in vitroからのアプローチとしては、私たちが開発した体外卵成長培養法を用いています。この培養法を用いることで、試験管内で卵子ができる様子を経時的に観察しながら解析することができるようになりました(Morohaku et al., Proc Natl Acad Sci USA 2016)。これらの手法を駆使し、『卵子が出来上がる仕組み』をエピジェネティックな観点から解明していきたいと考えています。
研究概要(iii):ゲノム編集技術による遺伝子機能解析技術の推進 (担当:佐々木)
近年、ゲノム編集技術の発達は著しく、めまぐるしいスピードで様々な技術が開発されています。これまではひとつの遺伝子ノックアウトマウスを作製するのに年単位の時間を要していましたが、ゲノム編集技術を用いればわずか数ヶ月でノックアウトマウスを作出できるようになりました。これに伴い、ノックアウトマウスを用いた研究の需要はこれまでに増して高まっています。
生物資源センターではCRISPR-Casを用いて様々なノックアウトマウスを作出してきました。また、単純な遺伝子ノックアウトだけでなく、短い配列をDNA上の特定の部位に挿入する遺伝子ノックイン技術や、遺伝子ノックイン技術を応用して特定の遺伝子の機能を細胞種特異的に阻害する遺伝子ノックダウン法も開発してきました(Sasaki et al., J Reprod Dev 2021)。これらの技術は遺伝子機能をより詳細に解明するのに非常に有効なツールです。このような技術開発を推進し、医学・生物学研究への貢献を目指しています。
CRISPR-Cas9によるゲノム編集マウス作出の共同研究を募集しています。ノックアウトマウスをはじめとした遺伝子改変マウス作製をお考えの方はぜひお声がけください。
研究概要(iii):ゲノム編集技術による遺伝子機能解析技術の推進 (担当:佐々木)
ヒトの生殖補助医療への貢献を最終目的として、マウス初期胚の操作技術の向上方法を研究しています。現在は、マウスでの体外受精、受精卵凍結、精子凍結が安定して実施できています。本技術は、貴重なマウス系統の保存や適切な動物飼育環境維持に役立ちます。さらなる高効率化により動物実験における3Rへも貢献します。
2018年、私達は短いストローにマウス精子を凍結保存する技術(ST法)を開発しました(Kaneko R et al, 2018)。本法により、凍結精子の収納スペースが格段に少なくなりました。
主な研究業績:
2021
Keisuke Sasaki, Saaya Takaoka, Yayoi Obata. Oocyte-specific gene knockdown by intronic artificial microRNAs driven by Zp3 transcription in mice. J Reprod Dev, 2021, 67: 229–234
Ryosuke Kaneko (Corresponding author), Toshie Kakinuma, Sachiko Sato, Atsushi Jinno-Oue. Improvement of short straws for sperm cryopreservation: installing an air-permeable filter facilitates handling. J Reprod Dev, 2021, 67: 235–239
2019
Keisuke Sasaki, Satoshi Hara, Reina Yamakami, Yusuke Sato, Saki Hasegawa, Tomohiro Kono, Kanako Morohaku, Yayoi Obata. Ectopic expression of DNA methyltransferases DNMT3A2 and DNMT3L leads to aberrant hypermethylation and postnatal lethality in mice. Mol Reprod Dev, 2019, 86: 614–623
2018
Kaneko R (corresponding author), Kakinuma T, Sato S, Jinno-Oue A. Freezing sperm in short straws reduces storage space and allows transport in dry ice. J Reprod Dev, 2018, 64:541-545
Ryosuke Kaneko (corresponding author), Yusuke Takatsuru, Ayako Morita, Izuki Amano, Asahi Haijima, Itaru Imayoshi, Nobuaki Tamamaki, Noriyuki Koibuchi,Masahiko Watanabe, Yuchio Yanagawa. Inhibitory neuron-specific Cre-dependent red fluorescent labeling using VGAT BAC-based transgenic mouse lines with identified transgene integration site. Journal of Comparative Neurology, 2018, 526(3): 373-396
2016
Kaneko R, Sato A, Hamada S, Yagi T, Ohsawa I, Ohtsuki M, Kobayashi E, Hirabayashi M, Murakami T. Transgenic rat model of childhood-onset dermatitis by overexpressing telomerase reverse transcriptase (TERT). Transgenic Res, 2016, 25(4):413-24
Kanako Morohaku, Ren Tanimoto, Keisuke Sasaki, Ryouka Kawahara-Miki, Tomohiro Kono, Katsuhiko Hayashi, Yuji Hirao, Yayoi Obata. Complete in vitro generation of fertile oocytesfrom mouse primordial germ cells. Proc Natl Acad Sci U S A, 2016, 113: 9021–6
2014
Ryosuke Kaneko, Manabu Abe, Takahiro Hirabayashi, Arikuni Uchimura, Kenji Sakimura, Yuchio Yanagawa, Takeshi Yagi. Expansion of stochastic expression repertoire by tandem duplication in mouse Protocadherin-α cluster. Scientific Reports, 2014, 4: 6263.
Ryosuke Kaneko (corresponding author), Toshie Kakinuma, Sachiko Sato, Atsushi Jinno-Oue, and Hidekazu Hata. Littermate influence on infant growth in mice: Comparison of SJL/J and ICR as cotransferred carrier embryos Experimental Animals, 2014, 63: 375-381
Zhang Yue, Ryosuke Kaneko, Yuchio Yanagawa, and Yasuhiko Saito The vestibulo- and preposito-cerebellar cholinergic neurons of a ChAT-tdTomato transgenic rat exhibit heterogeneous firing properties and the expression of various neurotransmitter receptors Eur J Neurosci, 2014, 39: 1294-1313
2012
Keizo Hirano, Ryosuke Kaneko (co-first author), Takeshi Izawa, Masahumi Kawaguchi, Takashi Kitsukawa, Takeshi Yagi Single-neuron diversity generated by Protocadherin-β cluster in mouse central and peripheral nervous systems. Front Mol Neurosci. 2012, 5:90.